帰ってきたモトローラ

トレンド警報! 二つ折り携帯のカムバック

  • 文: Arielle Pardes

2014年のある宵のこと。当時セレブ御用達だったレストラン「ダ シルバーノ」からディナーを終えて出てきたリアーナ(Rihanna)がパパラッチされた。目を引いたのは、彼女が着ていたDimepiece LAのスウェットパンツではなく、オレンジのクロップド丈のブークレ ジャケットでもなく、もうひとつのステートメント ピースだった。T-Mobileの二つ折り携帯である。それから数ヶ月後、T9でテキスト入力しているアナ・ウィンター(Anna Wintour)の姿が、US オープンのコートサイドで目撃された。東京帰りのキム・カーダシアン(Kim Kardashian)は、Ferrariのホットピンクの二つ折り携帯を披露した。かくのごとく、以前からパーソナル テクノロジーの分野でも支配権を主張してきたファッション界が、2000年代のシンプルなテクノロジーを今に復活させている。それはどうやら、ローライズ ジーンズやベイビー Tシャツを売り込むのと同じくらい、たやすいことらしい。かくして2020年は、みんなが右に倣う年。Motorolaからは再発売のRazr、Samsungからは新商品のGalaxy Z Flipが登場した。

ファッショナブルなステートメント ピースを自負した携帯は、Motorola Razrが初めてだったかもしれない。独創的な形状で熱狂的な人気を集めた傑作商品だ。ご存知のとおり、パリス・ヒルトン(Paris Hilton)はバーキン バッグを持つのと同じようにRazrを見せつけたし、2004年のアカデミー賞では、無料で贈呈されるギフト バスケットの中でも、ハリウッドのA級スターたちを特に喜ばせた。先頃引退したマリア・シャラポワ(Maria Sharapova)も、ウィンブルドンのコートサイドで手にしていたし、ヴィクトリアとデヴィッドのベッカム夫妻(Victoria and David Beckham)もそれぞれ1台。時を経ずして、ハイスクール時代のあなたの心の恋人だったに違いないミーシャ・バートン(Mischa Barton)も含めて、誰もがRazrを持つようになった。デザイナー携帯のおかげで、デザイナー バッグは影が薄くなったのだろうか? Motorolaはデザイナーと提携して、カラフルにリメイクした折りたたみ式デザインでRazrのファッション性を強く押し出した。キモラ・リー・シモンズ(Kimora Lee Simmons)とのコラボレーションでは、キルトのケースに0.4 カラットのダイアモンドをあしらったベイビー ピンクのBaby Phat i833を世に送り出した。当時、シモンズは言ったものだ。「Motorolaから新発売される限定版のBaby Phat i833は、実際にはジュエリーと同じよ」

薄くて、滑らかで、ファッションと密接に結びついた二つ折り携帯の誕生を受けて、その後何年も携帯メーカーとデザイナーの提携が続いた。MotorolaはDolce & Gabbanaと組んで、ゴールドめっきに覆われた限定版のV3iを発表した。ドナテッラ・ヴェルサーチェ(Donatella Versace)が華麗なゴールド模様のケースをデザインした2005年のNokia 7270は、スワロフスキー クリスタルのストラップ付きだった。2007年にPradaがデザインしてLGから発売された限定版は、フルサイズのタッチ ディスプレイを搭載した第1号だった。この画期的な携帯デザインは2007年最大のヒット商品になること必至という触れ込みだったが、数週間後にAppleがiPhoneを発表したために、目論見ははかなく潰えた。翌2008年、SamsungはArmaniをパートナーに選んで、ラグジュアリーなタッチ ディスプレイに参入した。だが頂点を極めたのは、なんと言ってもDiorphoneだろう。仏モバイル企業Modelabs Groupの携帯に着せたChristian Diorのクラムシェルには、クロコダイル皮と640個のスワロフスキー クリスタルが使われた。価格は2万6000ドルだった。

デザイナー携帯の第1時代は、パーソナル テクノロジーに多大な楽観主義が寄せられていたと時期と一致する。テキスト メッセージは始まったばかりだし、携帯はまだメールやチャットやInstagramの重荷を背負ってはいなかった。ベロアのトラック スーツがトレンディで、ポケットに入れて持ち運びできる電話は目新しかった。なかでも、ウエハースほどの厚みしかなく、エレクトロルミネセント素子でキーパッドが発光するRazrは、最先端の新製品だった。テクノロジーの面だけではなく、トレンドを創出した点でも、Razrは賢かった。セレブが欲しがり、かつ、誰でも手の届く商品を、Motorolaは提供したのである。テクノロジーにまつわる不安が垂れ込める2020年とあの時期を比較することは、不可能に近い。似たような面白みのないデザインを繰り返しているだけの現在の携帯は、どう見ても退屈でしかない。悪くすると、ストレス、不安定、絶望の源だ。だが今や、携帯は絶対手に入れたいトレンドのアイテムであると同時に、必ず持たなくてはならないアイテム、現代生活に欠かせない必需品でもある。

したがって、わざわざこんな時期に、Razrを完全機能を搭載したスマートフォンとして再発売するとは、Motorolaもずいぶん思い切った選択をしたものだ。Razrは実用的な携帯とは言い難い。だが、最先端テクノロジーの折り畳み(!)スクリーンと1500ドルの価格からは、ステータスが滲み出る。機能ゆえに購入する携帯ではなく、ステートメントゆえに購入する携帯だ。そのレトロなデザインとパーソナル テクノロジーの関係は、ノームコアとファッションの関係に等しい。すなわち、トレンドとは無縁だったものを、予想を大きく裏切ってトレンドにする。Motorolaは、郷愁を掻き立てるブランディングによって、テクノロジーがアクセサリーだった頃のときめきを蘇らせることに成功した。なんとユニークで面白い発想だろう! 少なくとも、マーケティングは効果を上げている。あまりの需要の高さに、発売日を延期せざるをえなかったと報道されるほどだ。折り畳み部分から気になる軋み音が聞こえようと、開閉に耐えうる限界寿命が仄めかされようと、リメイクされたRazrは人気を集めている。実用本位のデバイスではないが、履き心地の悪い靴と一緒で、欠点はあってもファッショナブルには違いない。

同様に、他のメーカーもそれぞれ2000年代初期のルーツへ回帰して、ファッションとしてのイメージからデバイスのリメイクを図っている。Samsungは1380ドルのGalaxy Z Flipの販売を促進するためにAshley Williamsと提携し、Ashley Williamsの2020年春夏ショーには携帯サイズのミニチュア ハンドバッグが現れた。同じくGalaxy Z Flipの限定版をクリエイトしたThom Browneは、携帯とお揃いのワイヤレス イヤフォンとウォッチ ストラップをデザインした。価格は携帯だけで2500ドルながら、すでに2度完売したという。これらのコラボは、2004年の携帯にデザイナーが登用されたのと同じことだが、以前にはなかった新しい意味合いがある。つまり、ファッション ブランドの威光を借りて、高価な特別のデバイスを作れるだけではない。パーソナル テクノロジーがファッションの延長になったのである。ベーシックではなく、ラグジュアリー。必需品ではなく、どうしても欲しいモノだ。

二つ折り携帯は、すべてが今より素朴だった時代を思い出させる。貝殻のネックレスが流行り、大統領は十分に愛され、会話には結論があった時代だ。Galaxy Z FlipのThom Browneバージョンはそれよりもっと以前、テクノロジーがかくも大きな役割を果たすようになる前の暮らしを連想させる。画面に表示されるベネチアン ブラインド、着信音に昔のダイアル式電話のベルやキーボードにタイプライターの音も選べる一連のサウンドは、確実に20世紀中頃の世界だ。そしてThom Browneがもっとも愛したのは何か? 閉じてしまえることだ。携帯の大画面からついつい注意が散漫に拡散していく現在、常時接続ではないこと、通知の氾濫から逃れること、切ることができる携帯を選ぶことで、主体の存在感が示される。

二つ折り携帯の復活が象徴するのは、私たちが自分の意思で能動的にテクノロジーと関わっていた時代への強い郷愁だ。画面をスクロールしながら歩き、ゾンビーみたいに訳のわからない言葉を見えない相手に向かって喋り続け、いつも半分は上の空の現在ではなく、肘を曲げてデバイスを耳にあてた人間が街角を行きつ戻りつしていた時代だ。今ファッショナブルな二つ折り携帯が魅力なのは、物珍しさのせいではなく、携帯を本来の在るべき場所へ戻したいからだ。つまるところ、携帯はあくまで道具であって、決して私たちの体の一部ではない。

Arielle Pardesは、サンフランシスコから発行されている『WIRED』のシニア ライター。主に、人類とテクノロジーの進化する関係に注目した記事を執筆している

  • 文: Arielle Pardes
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: March 12, 2020