ナターシャ・スタッグの
焦点を失った日々
コミュニケーションの破綻、「場」の終焉、新たな時代の到来
- 文: Natasha Stagg
- アートワーク: Sierra Datri

これは色々なことを捨てていくプロセスなのかもしれないけれど、私は今、とてもたくさんのことをこなしている。オフィスでやっていた仕事がいともあっさりオンラインへ切り替わった人たちのなかには、同じ気持ちを味わっている人がきっといるはずだ。在宅勤務のために買ったラウンジ チェアに坐って、私は一日中、ラップトップで文を書き、電話会議に耳をすませ、短い休憩をとって、スナックを作り、非常階段でタバコを吸う。
キャッチフレーズを作るには、関連性のある話題をとり上げることと関連性を持たせることを、奇妙な具合にバランスさせなくてはいけない。最後は、まるで詩でも書いているように、言葉が指のあいだを滑り落ちていく。だが、圧倒的で広範な話題が新しい意味の流れを作り出すときはいつだって、コピー ライティングは曖昧な作業になるのだ。そのなかへ読み込まれる連想次第で、言葉は上へ浮き上がったり下へ吸い込まれたりする。何であれ、ほんの数か月前ほどには、将来を予見した響きを持ちえない。
友人や知人とのコミュニケーションはとても重くなった。私たちが直面している危機はあまりに複雑で広範囲に影響している。それを、今も気軽な会話ができる振りをして、現状を避けて話しても楽しくはない。それは違うと言う人もいる。問題は、私のリストに、解決策ではなく不満が並んでいくことだ。どうして私に答えがわかるだろう?
先日、ナショナル パブリック ラジオ(NPR)で、アイデアのほとんどは悪いアイデアだと言ってる経済専門家がいた。何だか私は、陰鬱な陰謀に巻き込まれている気がする。だが同じ陰謀に巻き込まれながら、疑問を持たない人たちもいるのだ。目に見えるかたちで集団不安に打たれた終止符、計り知れない大惨事の寸前、冷戦…、色々な描写を耳にする。エイミー・グッドマン(Amy Goodman)が「危機の只中にあるニューヨーク シティからお知らせしています」というのを聞くたびに、私がゾッとするのを認めないわけにはいかない。
消えてしまうかもしれない「場」のことを考える。私がボーイフレンドに出会ったのは汗ばむような地下室で開かれたパーティーだったし、彼と飛行機に乗ったり、友人とボートに乗ったり、ホテルの部屋にひとりでいるときほど、私にとって楽しいことはない。何年ものあいだ暗い雲が不吉に膨らみ続け、ついに到来した嵐のように、今は時が恐ろしく速く流れ去る。それなのに人はまだ、猛烈に加速した新しい生活のペースに倦怠を感じている。なぜなら、一人ひとりが隔絶した状態で起きているからだ。もちろん、ひとりで閉じこもることができる場合だけど。1時間毎に更新される感染被害情報に心が動じない人がいることもわかってきた。そういう人と私には、ほとんど共通項がない。

現在の米国大統領が、強力な経済ではなく、最低所得保障、有休病気休暇、炭素排出量の減少、学生ローンの利息免除、最低賃金引上げを実行したレガシーとして語られることになるのではないか。そんな究極の皮肉を想像し始めたとき、彼はまたもや企業トップを集めて、アメリカを一大企業にする戦いを始めると聞く。かくして環境保護法に関するレポートはそっと追い払われ、それでなくてもはるか先のことに思えたニューヨーク州の予備選は延期された。
フィクションで修士号をとったコピーライターの私には、提案できる解決策もないし、それで当たり前だ。私に言えるのは、世界がでたらめだということだけ。体制は不正に操作されているし、貨幣はもはや現実のものではないし、セルフケアはヘルスケアではない。「家にいろ」の原則が役に立つ人もいるだろうが、これは、正当な理由でできるだけ多くの時間を家の外で過ごしていた人をイラつかせるばかりだ。

政府も大多数の人も、私の近所の無人になった小さなバーや映画館や、それらの失業した従業員を気に懸けない。少なくとも今のところ、フリーランスのライターという私の仕事が多少なりとも無事なことに気後れを感じる。マドンナ(Madonna)は、バラの花びらを浮かせたバスタブに浸かりながら、新型コロナウィルスは大規模な平等をもたらすと言ったが、これまでのところ、ウィルスが作り出したのは新たな階級区別だ。
大学時代、私はキャンパス以外に暮らせる場所がなかった。今はそのキャンパスも封鎖されているけど、あの当時に今のようなことが起きていたら、どうしていたかわからない。何とか手立てを考えたはずだけど、一方で、それがとても不公平であることを世界に訴えようとしただろう。痛烈に、おそらくその先もずっと、糾弾し続けただろう。同時に、店員だった私は不可欠な労働者とみなされたはずだ。当時の写真の私は、いつも寒すぎる店内で帽子をかぶり、手袋をはめ、ワインの瓶が詰まったケースを車のトランクまで運ばせる男たちを睨みつけている。
あの仕事が終わったときは淋しかった。いちばん上にあるお酒をとるためにミニスカートで上った木の棚、空き瓶の底でふやけたタバコの吸い殻が臭った空き瓶返却カウンター。私より恵まれた学生を接客して学費を稼がなきゃいけないことに不平は言ったけど、私がいちばん私でいた場所だ。それも、寄宿舎を拡張するために何年も前に取り壊されたのでなければ、今は閉店しているだろう。確実にひとつの時代が終焉を迎える。なのにどうしてか、これからまったく新しい何かを目にする気がしない。
Natasha Staggは、『Surveys』(2016)および『Sleeveless: Fashion, Image, Media, New York 2011–2019』(2019)の筆者。いずれもSemiotext(e)社から出版された
- 文: Natasha Stagg
- アートワーク: Sierra Datri
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: April 14, 2020